登山隊公式報告(6)

2001/5/6

1)隊の状況 4月28日〜5月6日

 厳しいC3への試練を受けた後、休養のため4月28日から5月5日までBCを離れ,パンボチェ(3,930m)に下った。さすが4,000mを切る高度のパンボチェではアヤメや桜草、早咲きの石楠花の花が咲き、うっすらと牧草も緑の目を出し始めており休養地としては最適の地であった。

 4月29日にはロブチェからパンボチェへ下る途中、 同志社山岳会の支援パーティである乾さん、室野さん、山火さん、清水さん 一行と会い激励を受けた。昭和一桁生まれのお二人は思ったより元気で 我々のパーティへ物心両面で支援していただいた。山火さん、清水さんは、 このあとBCまで足を運んでいただき、どっさり土産を置いていって頂いた。 残念ながら下村、田尻両先輩はナムチェバザールで引き返されたとの事、 支援有難うございます。

 休養中、天候はずっとぐずつき気味で毎日曇って雪やあられが降り 上部での積雪が心配された。BCへ戻る頃には回復するだろうと思いつつ食べては寝て、寝ては食べての3日間であった。

 パンボチェでの休養中、料理のうまいビルバハドゥールが付いてくれていたので 酸素が濃いこともあり全員食欲旺盛でめきめき体力を回復してきた。 アメリカ隊やスペインの隊も休養に下りてきており親善にもなった。

 パンボチェから3日間かけて5月5日BCに戻ってきた。戻る日も風が強く昨夜来の雪もありいまだ春が来ないと思いつつのBC入りであった。 久しぶりに見るエヴェレストは真っ白に変身しており、かつての黒い岩の塊はすべて白いヴェールを被っている。ローツェフェースは見えないが 蒼氷の上に不安定な雪が積もっていると思われる。チベットサイドにあるチャンツェや目の前のヌプツェも白く輝いている。 いよいよ始まるのだなという緊張感が沸いてくる。

 5月6日最終的な登攀スケジュールが今成隊長、川田登攀リーダーから確認が あり次のような計画で進めることになった。

5月7日 BC→C2
5月8日 C2 stay
5月9日 C2→C3
5月10日 C3→C4
5月10日〜11日 C4→peak→C5 可能なメンバーはC4まで
5月12日 C5→C3 C4まで到達できたメンバーはC3もしくはC2まで
5月13日 C3→C2
5月14日 C2→BC

 天候上の予備日程を使用しない場合は5月11日が登頂日となる予定。

 登頂の準備としては既にシェルパによってC4までキャンプはできており、酸素、食料も運び上げられている。ただ、フィックスロープがまだしっかり 張られていない部分があり我々のシェルパによって補強される予定。 どうも他のパーティは我々の隊のフィックス工作をあてにしている模様。

 隊員の状況は今成隊長他川田、河野、和田は順調な仕上がりでC3へ向かうが、 間瀬は本人の希望でC2に留まり隊全体のサポートに廻ることになった。

2)隊員の現在の状況 

@登山隊員

全員登頂体制へ向けて緊張しています。年齢から来る体力不足とローツェフェース の難しさの不安をはねのけて納得できるエヴェレストへのチャレンジをいたします。 今回各隊員のメッセージは省略いたします。


A BCマネージャー

4月29日から登山終了まで中園雅代さんがBCマネジャーとして参加します。したがってBCマネジャーは5人となります。 中園さんは2000年春、川田、和田とトレッキングに同行した仲間です。年寄り の心意気に惚れて参加するこなりました。

B 支援隊

同志社山岳会支援隊 乾、室野、下村、田尻、山火、清水先輩諸氏の訪問を受け 物心両面から支援を受けた。

3)写真  5月5日登頂前,BCでの登山隊員の集合写真です。

左より 河野隊員、川田隊員、間瀬隊員、今成隊長、和田隊員 Nikon Coolpix 990で撮影

 

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